映画 平場の月 大人のラブストーリー今見たい映画
映画『平場の月』――人生の途中で、もう一度誰かを想うこと
人は、いくつになっても誰かを想う。 ただ、その想い方が、少しずつ変わっていくだけだ。 映画『平場の月』は、そんな“変わりゆく愛のかたち”を、静かに、丁寧に描いた作品だ。
ふたたび出会う、あの頃の人
主人公・青砥健将(堺雅人)は、かつてほど熱くも、まっすぐでもない。 仕事に追われ、家庭を手放し、気づけば“普通の人生の終盤”に差しかかっている。 そんな彼の前に、35年ぶりに現れるのが、初恋の人・須藤葉子(井川遥)だ。
再会の瞬間、二人はもう若くない。 でも、互いの目の奥にだけは、確かに“あの頃のままの自分”が残っている。 声に出せば壊れてしまいそうな空気。 それでも、言葉よりも深いところで、心が震える。
日常の中に潜む、ささやかな奇跡
この映画には、派手な出来事も、大きな事件もない。 代わりにあるのは、夕暮れの光、電車の音、ふとした沈黙――そんな“日常の匂い”だ。
土井裕泰監督の演出は、まるで誰かの思い出を覗き見るように穏やか。 画面の中で、堺雅人の小さな笑みや、井川遥の視線の揺れが、まるで観客自身の過去と重なって見える。
「もし、あの人にもう一度会えたら――」 そんな想いを胸の奥にしまい込んできた人には、この映画がそっと、その蓋を開けてくれるかもしれない。
原作との違いが生む“体温”
朝倉かすみの原作小説『平場の月』は、まるで詩のように静かな作品。 そこには、人生のほろ苦さや、過ぎた日々のやわらかな痛みがある。
一方で映画は、その“静けさ”に“体温”を与えている。 堺雅人の青砥が黙って煙草を吸う仕草。 井川遥の葉子が、ほんの少し唇を噛みしめる瞬間。 言葉の代わりに、目の奥の湿り気で語る。
原作が「心の声」を描いたなら、映画は「心の沈黙」を描いている。 どちらも同じ場所に向かっているのに、見えてくる風景は、少しだけ違う。
“平場”という名の希望
「平場」という言葉は、特別ではない場所―― つまり、私たちが生きている“普通の毎日”のこと。
この物語は、そんな平場に生きる人たちの話だ。 恋に破れ、仕事に疲れ、それでも明日を生きようとする。 どんなにささやかでも、そこには確かに愛があり、希望がある。
葉子が言う。 「生きるって、案外、誰かを思い出すことかもしれないね。」 その言葉に、青砥は静かに頷く。 観客の中にも、思い出す誰かがきっといる。
この映画がくれるもの
『平場の月』は、涙を流すための恋愛映画ではない。 むしろ、心が温まって、少し痛くなる映画だ。
人生の途中で、もう一度誰かを想う。 それは、過去への未練ではなく、“今をちゃんと生きる”という勇気なのだと、 この映画は教えてくれる。
エンドロールが流れる頃、あなたはきっと、誰かの名前を心の中でそっと呼んでいるはずだ。
原作を読んだ人にも、これから観る人にも
原作の文字に寄り添うようにして作られたこの映画は、読む人にも観る人にも、同じ温もりを残してくれる。
もしまだどちらにも触れていないなら―― どうか静かな夜に、ゆっくりとページをめくってほしい。 そして映画館で、光と影の中に浮かぶ二人の“平場”を、見つめてみてほしい。
そこには、きっとあなた自身の物語が映っている。
監督:土井裕泰/脚本:向井康介/原作:朝倉かすみ『平場の月』(光文社刊)
出演:堺雅人、井川遥、大森南朋 ほか
公開日:2025年11月14日(金)